みんな違うからいろいろあるけど、だからこそ、わくわくする。
一緒に化学反応、起こしましょ?
レビューを書こうと思って書けない本に、湯浅 誠の「貧困襲来」(アマゾンに飛びます)を真っ先に挙げよう。
湯浅とは活動を同じくしているが、元をたどれば私は当事者として支援者である彼に数年前に、出会った。彼はずっと私の中で「恩人」であった。今もその思いは薄くなったようでいて、そうでもなく残っている。まぁ、複雑である。
彼は本当に社会に蔓延する貧困を、冷静かつ確かな目で見つめている。そして、私たちに、目の前にある、その貧困を「見ろ」とつきつける。私は、常に自分の状況を見ないようにすることで、忙しさにまぎれることで、何とか現実につぶされずに生きている。
自分が「貧困にあえいでいる」と認めつつ、生きることを選択するのは、なんと難しいことか。
彼の「溜め」という表現は、私の内壁を抉る。そうだ。そもそも、その「溜め」とやらがないから、私はこうも不安の中生きなければならないのだ。
暴力と、虐待の中育ってきた。人間など信じなかったし、その意味も知らず、私は道具として利用したり、利用されたりする事を当たり前として選択し続けた。それが私の人間関係だった。自分のことですら切り売りすることに躊躇はなかった。大事なものはなかった。生きるのに必要だと、信じてしがみついたものは、金だった。
途中でまっとうに生きたいと思い、金以外のものを大事にし始めた。手始めに、自分と子ども。そして身にしみてわかるのだ。私には、溜めがない。
「人間関係の溜め」。過去から出てまっとうに生きるため、すべて捨てた。人間関係など皆無でのスタートだ。
「精神的な溜め」。こんなんであるわけない。
「金銭の溜め」かき集めてこれだけにすがって飛び出したものの、1年もつか持たないかの金額だ。そして、新たに金を生み出せるものを自分は持っていないのだと、日々の就職活動の中、また、派遣で働くようになってからも、いつ首を切られるかの綱渡りの中、思い知る。いっそ、体を売るか、いや、それでは同じ生き方に戻る…。堂々巡り、「意欲の貧困」に陥るのは当然の帰結だ。
「溜め」が少ない人間は、こうして簡単に「自分からの排除」に至る。そして貧困は定着し、本人の力だけではそこから脱することはできない。そして恐ろしいことに、貧困は次の世代に連鎖する。
ほんの一握りの人間の成功談を旗標に、政府やマスコミはさらにそんな人間を追いたてる。今の労働市場の中で、どんな希望を抱けばいいのだろう。あまたの死体の上に、一握りのものが勝ち上がり、いい生活を手に入れる。人間は、機械や道具ではない。消耗品としての扱いに、耐えられる人間がどれだけいるか。そしてすでに貧困に陥った人間は、そういった仕事しかつくことはできない。「頑張りが足りないから、貧困なのだ。文句を言っている暇があったら、もっとがんばれ!」そんな言葉をまともに取って、殺されるのは、まっぴらだ。
いま、政府や社会が、この「貧困」を救わずに、どうするのだ。自己責任論につぶされて精神や肉体を病むのは、もうこりごりだ。
生活保護を受給して、休んでまた立ちなおそうとしても、そこでもまた「がんばれ!怠けるな!働くんだ!」とどやされる。「あなたはこんなに一生懸命こちらが指導しても働かない。もう手に負えません。保護は廃止するしかありませんね」などと脅される。ぎりぎり頑張ってどうにもならなくなった先で生活保護を受けるのに、そこでもまた、「がんばれ」、「(経済的に)自立しろ」と追い立てられる。
人間は、人間として生きていく権利があるはずだ。ボロボロになってなお、経済活動を回す歯車に戻れ、できなければ死ねとばかりに追い立てるのは、その権利を侵害してはいないか?自分だけで何ともできないのは、社会に何らかの問題があるからだ。その問題を明るみにし、形にして、きちんと社会にお返しするためにも、私たちは声を出す必要があるのだ。
見殺しにされる恐怖がいつまでも脳内を占め、体を縛るが、黙っていては、社会や政治は動かない。今目の前にある問題が、「ない」ことにされてしまう。
まず、声を挙げよう。震えながら、ビビリながら、寝込みながらでも、声を挙げよう。そしてその声を受け取ってくれる人は、きっといる。この著者の湯浅がそうであるように。
つらつら書いてしまったが、読んでほしい。あと、ぜひ図書館にリクエストしてほしい。
湯浅とは活動を同じくしているが、元をたどれば私は当事者として支援者である彼に数年前に、出会った。彼はずっと私の中で「恩人」であった。今もその思いは薄くなったようでいて、そうでもなく残っている。まぁ、複雑である。
彼は本当に社会に蔓延する貧困を、冷静かつ確かな目で見つめている。そして、私たちに、目の前にある、その貧困を「見ろ」とつきつける。私は、常に自分の状況を見ないようにすることで、忙しさにまぎれることで、何とか現実につぶされずに生きている。
自分が「貧困にあえいでいる」と認めつつ、生きることを選択するのは、なんと難しいことか。
彼の「溜め」という表現は、私の内壁を抉る。そうだ。そもそも、その「溜め」とやらがないから、私はこうも不安の中生きなければならないのだ。
暴力と、虐待の中育ってきた。人間など信じなかったし、その意味も知らず、私は道具として利用したり、利用されたりする事を当たり前として選択し続けた。それが私の人間関係だった。自分のことですら切り売りすることに躊躇はなかった。大事なものはなかった。生きるのに必要だと、信じてしがみついたものは、金だった。
途中でまっとうに生きたいと思い、金以外のものを大事にし始めた。手始めに、自分と子ども。そして身にしみてわかるのだ。私には、溜めがない。
「人間関係の溜め」。過去から出てまっとうに生きるため、すべて捨てた。人間関係など皆無でのスタートだ。
「精神的な溜め」。こんなんであるわけない。
「金銭の溜め」かき集めてこれだけにすがって飛び出したものの、1年もつか持たないかの金額だ。そして、新たに金を生み出せるものを自分は持っていないのだと、日々の就職活動の中、また、派遣で働くようになってからも、いつ首を切られるかの綱渡りの中、思い知る。いっそ、体を売るか、いや、それでは同じ生き方に戻る…。堂々巡り、「意欲の貧困」に陥るのは当然の帰結だ。
「溜め」が少ない人間は、こうして簡単に「自分からの排除」に至る。そして貧困は定着し、本人の力だけではそこから脱することはできない。そして恐ろしいことに、貧困は次の世代に連鎖する。
ほんの一握りの人間の成功談を旗標に、政府やマスコミはさらにそんな人間を追いたてる。今の労働市場の中で、どんな希望を抱けばいいのだろう。あまたの死体の上に、一握りのものが勝ち上がり、いい生活を手に入れる。人間は、機械や道具ではない。消耗品としての扱いに、耐えられる人間がどれだけいるか。そしてすでに貧困に陥った人間は、そういった仕事しかつくことはできない。「頑張りが足りないから、貧困なのだ。文句を言っている暇があったら、もっとがんばれ!」そんな言葉をまともに取って、殺されるのは、まっぴらだ。
いま、政府や社会が、この「貧困」を救わずに、どうするのだ。自己責任論につぶされて精神や肉体を病むのは、もうこりごりだ。
生活保護を受給して、休んでまた立ちなおそうとしても、そこでもまた「がんばれ!怠けるな!働くんだ!」とどやされる。「あなたはこんなに一生懸命こちらが指導しても働かない。もう手に負えません。保護は廃止するしかありませんね」などと脅される。ぎりぎり頑張ってどうにもならなくなった先で生活保護を受けるのに、そこでもまた、「がんばれ」、「(経済的に)自立しろ」と追い立てられる。
人間は、人間として生きていく権利があるはずだ。ボロボロになってなお、経済活動を回す歯車に戻れ、できなければ死ねとばかりに追い立てるのは、その権利を侵害してはいないか?自分だけで何ともできないのは、社会に何らかの問題があるからだ。その問題を明るみにし、形にして、きちんと社会にお返しするためにも、私たちは声を出す必要があるのだ。
見殺しにされる恐怖がいつまでも脳内を占め、体を縛るが、黙っていては、社会や政治は動かない。今目の前にある問題が、「ない」ことにされてしまう。
まず、声を挙げよう。震えながら、ビビリながら、寝込みながらでも、声を挙げよう。そしてその声を受け取ってくれる人は、きっといる。この著者の湯浅がそうであるように。
つらつら書いてしまったが、読んでほしい。あと、ぜひ図書館にリクエストしてほしい。
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